| 略歴 | 黒田清綱 くろだ-きよつな 1830-1917 明治時代の官僚,歌人。 文政13年3月21日生まれ。黒田清輝の養父。東京府大参事,元老院議官などをへて明治33年枢密顧問官となる。和歌を八田知紀(とものり)にまなび,宮内省歌所所長もつとめた。貴族院議員。子爵。大正6年3月23日死去。88歳。薩摩(さつま)(鹿児島県)出身。通称は新太郎,号は滝園。歌集に「滝園歌集」「滝のしぶき」など。
石川依平 いしかわ-よりひら 1791-1859 江戸時代後期の歌人,国学者。 寛政3年1月1日生まれ。冷泉為章(れいぜい-ためあき)に和歌を,栗田土満(ひじまろ),本居(もとおり)春庭に国学をまなぶ。歌の門人三百余人といわれ,近藤芳樹,加納諸平(もろひら)とともに「一木二平」と称された。家集に「柳園詠草」。安政6年9月4日死去。69歳。遠江(とおとうみ)(静岡県)出身。初名は方救(よりひら)。通称は為蔵,惣太夫。号は柳園,橿が本。
八田知紀 はった-とものり 1799-1873 江戸後期-明治時代の歌人。 寛政11年9月15日生まれ。薩摩(さつま)鹿児島藩士。京都詰めの間に香川景樹(かげき)にまなび,桂園(けいえん)派の有力者となる。維新後,宮内省にはいり,歌道御用掛をつとめた。明治6年9月2日死去。75歳。通称は喜左衛門。号は桃岡(とうこう)。家集に「志能布久佐(しのぶぐさ)」,歌論に「しらべの直路(ただじ)」など。
海上胤平 うながみ-たねひら 1830*-1916 明治時代の歌人。 文政12年12月30日生まれ。剣を千葉周作に,歌を加納諸平(もろひら)にまなぶ。維新後官吏となり,明治16年辞職。椎木(すいぼく)吟社を結成して歌道に専念し,万葉主義をとなえた。大正5年3月29日死去。88歳。下総(しもうさ)海上郡(千葉県)出身。通称は六郎。号は椎園。歌集に「椎園詠草」,著作に「長歌改良論弁駁」など。
加藤千浪 かとう-ちなみ 1810-1877 幕末-明治時代の国学者,歌人。 文化7年11月19日生まれ。江戸にでて岸本由豆流(ゆずる)に国学をまなび,書にもすぐれた。維新後,歌名がたかくなり,門人もおおかった。明治10年11月18日死去。68歳。陸奥(むつ)白河(福島県)出身。通称は弥三郎,弥助。号は荻園(おぎぞの)。編著に「冠註大和物語」,歌集に「荻園歌集」。
加藤千蔭 かとう-ちかげ 1735-1808 江戸時代中期-後期の歌人,国学者。 享保(きょうほう)20年3月9日生まれ。加藤枝直の3男。賀茂真淵(かもの-まぶち)に入門。歌風は平明,優雅で村田春海(はるみ)とともに江戸派を代表した。書は千蔭流とよばれ,画や狂歌もたくみであった。文化5年9月2日死去。74歳。江戸出身。本姓は橘。字(あざな)は常世麿。通称は又左衛門。号は芳宜園(はぎぞの),朮園(うけらぞの),耳梨山人。著作に「万葉集略解(りゃくげ)」,家集に「うけらが花」など。 |