【クラシック愛蔵盤ファイル】コレクターの快楽 竹内貴久雄

【クラシック愛蔵盤ファイル】コレクターの快楽 竹内貴久雄 收藏

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序 がらくたの山の中から

 いつの頃からか、音楽評論家と呼ばれる機会が出来てしまったが、未だ幸福なことに、私は音楽好きの一書籍編集者としての仕事を続けている。あまり大きな声で仕事仲間に言えることではないが、小学生の頃に身についたコレクター癖は今なお健在で、どこに出かけても、中古レコード店や、輸入盤ショップを見つけると、飛び込んでしまう。
 自分の目で店先にあるものの中から興味の湧くものを見つける。この楽しみが何よりだ。レコードを買うというのは、決して予定された行動ではなく、偶然出会うことが一番なのだが、時々、それがわかっていない人に出会うことがある。
 雑誌の切抜きやメモを片手に歩き回って、目的のものを順番に手にしてゆくのだが、その周辺のものには目もくれない。何か特定の資料さがしなら、それもわかるが、買っていくのが、その月に発売の雑誌の推薦盤ばかりだったり、名盤チョイスの上位アイテムばかりだったならば、それは淋しいことではないかと思う。自分の好みは自分で発見する。それは音楽体験を豊かにする最初の一歩だ。
 そのことは、〈コレクター〉と呼ばれる人々にも言える。中古市場で高値のものにばかり関心を持つ人や、価値のあるLPは値が張ると思い込んでいる人には、この本は無縁だ。中古レコードは何万円もするものの方が遥かに見つかりやすく、200円、300円や、値の付かない「タダ同然」のものほど見つからないものだ、というアイロニーを解っていただける人にこそ、読んでいただきたい。
 本書のタイトルにも、そうしたアイロニーが含まれている。コレクションはいつも、わくわくするような瞬間でなければならない。

 日本の〈音楽評論〉をとりまく状況には、とても淋しいものがある。これは、その中に多少なりとも身を置く者のひとりとして、そしてそうした世界を操る出版界にいる者としての私の実感だ。
 特定の演奏家のCDばかりが繰り返し発売され、それらの中だけでランキングをしていく業界がある。レコード店の店頭にまで、そうした推薦盤が張り出され、それ以外は買わないというファンがいる。一方、そうした状況に飽きたらないファンは、輸入盤中心の店に通い、こちらでは、めずらしい盤にばかり散発的に目が向くといったファンが育ちつつある。
 こうした現状は、この国の〈音楽評論〉そのものが、評論としての自立を形成することに、必ずしも真剣ではなかったことに責任の一端があるだろう。評論が自立するためには、方法論の形成が不可欠なのだ。
 読者の側にも問題はあった。評論と紹介の混同、そして評論誌と業界誌の混同だ。本書は、そうした中での、音楽評論の在り方を示す、ひとつの試みとして書かれている。
 書名の「コレクター」とは、ともかく買ってみた、聴いてみた、ということだ。与えられたものでも、他人に選んでもらった物でもない。執筆にあたっては、もちろん発売する側の事情にも考慮していない。そういう当たり前のことが、なかなかむずかしいのだ。
 読者は、本書に登場する様々な未知の演奏家やLPに戸惑うかもしれないが、こうした一般のガイド本に登場しない演奏家、長く廃盤となっているものにも、驚くほどの名演がある。今日の演奏家の意図を理解するための、重要な転換点を示している演奏もある。だが、これでも、本書で紹介したものは、私の知り得たものの極く一部だ。音楽を聴く世界は、それほどに広く、深い。小さなフィールドにいる限り「快楽」は得られないのだ。

 どこに出かけて行っても、その街の中古レコード店に出入りしているおかげで、随分たくさんのレコードに出会った。数年前からは世界各地の店からカタログをとり寄せて、手紙やファックスでの注文もしている。もちろん国内の地方の店での通信販売も受けている。口の悪い友人は、全国どころか、世界中からガラクタを日本に集めていると言う。
 確かにそうなのだ。ダンボール箱が我が家に届き、カッターで頑丈な封を開けた瞬間、ロンドンの包みからはロンドンの、ブダペストの荷物からはブダペストの香りがする。カリフォルニアの店の箱の中身は、妙にパサパサとしてほこりっぽかった。そういう気がするものなのだ。
 決して高くはない。昔、買ったレコードに奇妙な高値がついておどろくことがあるが、私が手を出すのは、たいてい二束三文。未知の物との出会いこそが、こうした店とのやりとりの最大の楽しみだ。この演奏家に、こんな曲の録音があった、とか、こんな名前のピアニストは初めてだ、とか、そんなとき、カタログにペンが走る。真夜中、ひとりで目をやるカタログからは、様々の音楽が聞こえてくる。あの曲でこうだったから、きっとこの曲ではこうだろう。想像の世界で聞こえてくる音楽に浸りながら、ファックスに向かう。レコード集めは、やはり、やめられない楽しさなのだ。
 やがて到着した荷物をほどき、ジャケットを眺める。片隅の小さな文字が気になる。マルP何年。こんなに早い時代に発売されていたのか、と驚く。解説の英文をたどる。「世界初録音」。そうか、これが最初だったのか。レコード盤を取り出す。手ざわりがいい。外周の始末がきれいだと思う。ずしりと重い。盤面が黒光りしている。レコード針を下ろす。
 こうして聴き始めた演奏が、とんでもない凡演、ということは、よくあることだ。しかし、これだけ楽しめれば、何もいうことはあるまい。レコード集めは、正に「快楽」なのだ。
 もちろん、私は骨董品趣味の持主ではない。それこそ、録音されたばかりの最新のCDで、聴いたことのない新人の演奏を聴くのも好きだ。どちらも同じことなのだと思う。いつでも大切なのは、未知のものとの出会いだ。そして、出会いが増えるたびに、ひとつひとつばらばらだった〈点〉が繋がり、〈線〉になり、最近やっと、少しずつ〈面〉が見えてきた。それぞれの演奏様式を繋ぐ山脈の形が、知識としてではなく、そのままの形で私の中に出来つつあるような気がしている。

 本書は、クラシック音楽を聴く人のための、様々な演奏に対する情報の宝庫だ。現役国内盤のあるものはそのように記載したが、中には、現在輸入盤でしか入手できないものや、廃盤で入手できないものも含まれている。だが、数年前の原稿などでは、執筆時から今日に至るまでにCD化されたものも多い。本書で興味を引かれた盤があれば、心の片隅に留めておいていただきたい。よほどの事情がない限り、いずれはCDで発売されるはずだからだ。
 繰り返しになるが、あるものの中からしか選ばないのならば、この本は不要だ。音楽の世界を大きく自由にはばたかせたい人と、この本の世界を共に楽しみたいと思っている。
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