
安政一分銀 入分玉座です。
銀質的、製法的に明治一分銀ではなく、安政一分銀であることにまちがいないです。
残存数は明治一分銀と同じぐらいですので、江戸幕府が戦費のために臨時的に発行したものかもしれません。
数万の軍隊を西日本に動かすのと、数万の軍隊を東北に派遣するのは同じぐらいいりそうですし。
まあ文献がないので、なんとも言えませんが、明治一分銀でないことだけは確かです。
明治一分銀は本座に似たものが結構ありますが、銀質が悪いので、容易にはじけます。
銀質80%のはずなので、これから大きく外れたものは明白な別座です。
別に比重を測定しなくても、見た目で大体わかります。
(2026年 1月 3日 22時 46分 追加)!で10年分調べたら
玉座系253枚
明治一分銀280枚
なんで同じぐらいですね。
(2026年 1月 3日 22時 53分 追加)改三分とか三三二ハーフダラーとかについても書こうと思ったんだけど、図案が複雑で模写できない。
三三二ハーフダラーって文献根拠があるんですかね?
PCGSでは3枚鑑定済みですが、容易に偽物を作れそうなのがなんとも。。。
改三分は少しシークレットがありますが。。
(2026年 1月 4日 1時 21分 追加)まあ、幕府以外か明治政府以外がわざわざメキシコ貿易銀に合わせた銀質の良いものを作る動機はないので、旧幕府軍が作るという可能性は低いでしょうね。
明治政府は明治一分銀しか記録上は作ってないので、玉座系は幕府が作ったのでしょう。
細字一分銀にポッチをつけてるので、臨時的に大きな出費に対応してると思うので、やはり西日本に攻めるために軍費として作ったと考えるのが自然かなぁ.
一朱銀を作らなかったり、なんだか不思議ですが。。
(2026年 1月 4日 17時 31分 追加)1834年 1枚
1845年 1枚
1849年 1枚
1853年 1枚
1854年 1枚
1855年 3枚
1856年 4枚
1857年 4枚
1858年 29枚
1859年 15枚
殆どが1858、1859年のメキシコ銀の三分と打っているね。
1855~1857年も少ない
1854年以前のものはレアですね。
まあそんな集め方する人はいないと思いますが、一応本に掲載しておきます。
(2026年 1月 4日 21時 43分 追加)上のデータは改三分の打たれたメキシコ銀の発行年数です。