
で、一年くらい前に購入。印と名前は、「与謝蕪村」という絵師、俳諧師を指している。
左下ポツリとある印は、「奚疑(けいぎ)」という言葉を記してある。「奚疑(けいぎ)」とは、この世にサヨナラという意味である。この言葉は、与謝蕪村の名の由来でもある『帰去来辞(ききょらいのじ)』から来ている。「奚疑(けいぎ)」は、『帰去来辞(ききょらいのじ)』の結びの言葉である。
* *
この絵には、俳句(発句)が、書かれている。
「いかめしきあられの音や桧木笠(ひのきがさ)」
そして、俳句(発句)の下方に、旅の衣装の僧侶、杖と桧木笠。
この僧侶は、松尾芭蕉のように見える。
「いかめしき音やあられの桧木笠(ひのきがさ)」
上の句は、じっさい松尾芭蕉の有名な句である。しかし、よく見ると、絵に書かれた俳句は、
「いかめしきあられの音や桧木笠(ひのきがさ)」
であり、確かに、違いがある!
(あられの音や)絵の俳句
(音やあられの)松尾芭蕉の俳句
絵に書かきとられた俳句は、松尾芭蕉の有名な句と少し違っている。
そして、松尾芭蕉らしき肖像に注目。
この絵に画かれた松尾芭蕉、われわれがよく知る松尾芭蕉の姿、与謝蕪村が肖像画で描く真面目で、威厳のある松尾芭蕉とは違っている。
与謝蕪村の『奥の細道図屏風(絵巻)』に出てくる簡略化された松尾芭蕉とも違っている。
絵に描かれた松尾芭蕉は、とても複雑な、奇妙な表情を浮かべている。
松尾芭蕉の奇妙な表情は、おそらくは、自分が詠んだ句が、自分が詠んだのとは違って書き取られている事に、気づいてしまった事による驚き、絵の描き手に対する不信感、警戒心、ふつふつと沸き起こる怒りから来ていると思われる。しかも、絵の中の松尾芭蕉には、反撃が出来ないのだ。
(なんという図々しい野郎だろうか。与謝蕪村! 俳聖、松尾芭蕉の句にケチをつけて来るというのは!)
松尾芭蕉は、理解することは出来た。
(与謝蕪村は、ワシのこの句に対して、不要なケレン味を嗅ぎつけたに違いない。そして、この句に対して、与謝蕪村として、『遺作(最後の仕事)』として、意を決して、与謝蕪村が正した句を絵に書き出したことを)
「いかめしきあられの音や桧木笠」
* *
当分、悲惨そうな雰囲気なので、「出品取り消しあり」でお願いします。