1791-1861
幕末の儒学者。昌平坂学問所儒官。名は重信,信,字は思順,子明,通称祐助。号は艮斎,見山楼。陸奥国安積郡郡山(福島県郡山市)の郡山八幡の神職の家の3男として生まれ,文化3(1806)年16歳のとき他家に婿に出されたが,翌年学問を志して江戸に出奔し,佐藤一斎の学僕となって学んだ。20年には林述斎の塾にも入門を許され,その翌年ごろ私塾を開いた。天保3(1832)年『艮斎文略』を出版してから名声が高まり,7年郷里の二本松藩の「出入儒」となって3人扶持を給せられ,14年には藩学教授となって150石を給せられた。嘉永3(1850)年幕府の学問所付儒者に取り立てられた(切米200俵と15人扶持)。ペリー来航の際には国書(漢文)の和訳にも関与した。艮斎は特に文章をもって知られる。
佐藤一斎
江戸後期の儒者。名は坦,字は大道,通称は捨蔵。号は一斎のほか,愛日楼,老吾軒など。美濃岩村藩の家老職の家に生まれ,藩主の三男でのちの林述斎とともに儒学を学ぶ。また大坂の中井竹山にも学び,林家の門に入る。述斎が林家を継ぐとこれに師弟の礼をとり,1805年(文化2)には林家の塾長となって門生の教育に当たった。述斎没後の41年(天保12),幕府の儒官となり昌平黌で教えた。その学問は立場上表面は朱子学をとったが,陽明学の影響も強く受け,〈陽朱陰王〉と評された。
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