
●麒麟がくる(完全版)2020年1月19日~2021年2月7日に放送 NHK大河ドラマ第59作
●出演:長谷川博己、石川さゆり、伊藤英明、岡村隆史、尾野真千子、風間俊介、門脇麦、川口春奈、木村文乃、堺正章、佐々木蔵之介、染谷将太、高橋克典、滝藤賢一、谷原章介、坂東玉三郎、眞島秀和、間宮祥太朗、向井理、本木雅弘、ユースケ・サンタマリア、吉田鋼太郎ほか
●あらすじ
○美濃編(第1回~第17回)
天文16年(1547年)。美濃明智荘を治める国衆・明智光安の甥である明智十兵衛光秀は、追討した盗賊が持っていた鉄砲に興味を持つ。
光秀は主君の美濃守護代・斎藤利政(のちの斎藤道三)に掛け合い、鉄砲と利政の正室の病を診るための名医を求めて旅に出る。
堺で幕府奉公衆・三淵藤英や三好家重臣・松永久秀を通じて鉄砲を入手した光秀は京に上り、名医・望月東庵と戦災で親を失った少女・駒に出会う。
駒は光秀に、戦のない穏やかな世に現れるという聖獣「麒麟」について語る。
争いの絶えない今の世にあって平和を願う光秀の、麒麟を招くことのできる人物を探す道程が始まる。
利政は鉄砲探しの任務を終えた光秀に、尾張の織田家探索や、京の情勢探索の任務を与える。
京では本能寺にて三淵の弟・細川藤孝や将軍・足利義輝の知遇を得、久秀の主君・三好長慶の暗殺を防ぐ活躍をする。
長年の仇敵であった織田家の実力者・織田信秀との同盟を考えるようになっていた利政は、光秀の幼馴染でもある娘・帰蝶を嫁がせる相手である信秀の嫡男・織田信長を光秀に調べさせる。
帰蝶は光秀の言葉により信長に嫁ぐことを決意するが、織田家との同盟は駿河と遠江を治める今川家との敵対であると考える利政の子・斎籐高政(のちの斎籐義龍)や、稲葉良通はじめ斎籐家の家臣たちは猛反発する。
高政は美濃守護・土岐頼芸を真の父と吹聴し、次第に利政との溝を深めていく。
利政の真意が他国から攻められることのない「大きな国」づくりであったことを知った光秀は、親友であった高政の説得に応じず、叔父・光安とともに利政側につく。
弘治2年(1556年)、利政は長良川の戦いで高政軍に討ち取れられる。
光秀は母・牧や正室・煕子、従弟・明智左馬助ら一族とともに、駒の恩人で帰蝶の命を受けた旅芸人・伊呂波太夫と三河の忍び・菊丸の手引で、朝倉義景が治める越前に逃れることとなる。
○越前編(第18回~第27回)
越前での光秀らは義景の援助を受けず、細々と暮らすこととなる。
父・信秀の死後、信長は守護代・織田彦五郎や弟・織田信勝らとの争いに勝ち尾張を平定しつつあったが、永禄3年(1560年)に今川義元率いる大軍が駿河から迫り窮地に追い込まれる。
光秀はかつて尾張で出会った松平元康(のちの徳川家康)を織田方に引き込もうとするが、元康は今川家からの離反を拒む。
しかし、元康が進軍を遅滞させたことにより今川軍本隊が手薄となり、桶狭間の戦いで信長は義元を討ち取ることに成功する。
凱旋する信長のもとに現れた光秀はこれから先のことを聞くと、信長は美濃を征服する事のみを語り笑みを浮かべた。
一方、京では孤立無援となった義輝は憔悴し、光秀は信長を上洛させることでこれを打開しようとする。
しかし、光秀の奔走虚しく、永禄7年(1564年)に義輝は三好家の手によって暗殺されることとなる。
三好家が関白・近衛前久に圧力をかけ次期将軍を擁立しようとする中、義景は光秀に義輝の弟・覚慶が将軍となる器かどうかを確認させた。
大和で弱々しい覚慶を見た光秀は、義景には将軍の器ではないと報告する。
一方で美濃を攻略した信長だったが、今後の目標をいかにするか迷っていた。
光秀は将軍を担いで京に上洛し、室町幕府を再興することで「大きな国」を実現させることを勧める。
越前に逃れた覚慶は還俗して足利義昭を名乗り、上洛のため光秀に義景の説得を依頼する。
貧しい人々を救うための情熱を知った光秀は、義景に義昭とともに上洛するように進言する。
一時はその気になった義景だが、いとこ・朝倉義鏡や重臣らに上洛を反対されたことで決断を下せずにいた。
早期の上洛を求める義昭側近・三淵と朝倉家家老・山崎吉家らに利害が一致し、義景の嫡子が毒殺される。
これにより義景は放心状態に陥り、その隙に光秀と義昭らは美濃に移って信長のもとでの上洛を果たす。
○京・伏魔殿編(第28回~第37回)
光秀は迷いながらも信長の家臣になるこtを断り、義昭の奉公衆として新たな幕府運営が始まったが、三好家残党などの敵対勢力は健在であり、また摂津晴門ら幕府内の旧勢力による抵抗も深刻であった。
信長は幕府に従わない朝倉義景の討伐を計画するが、摂津らは義景や浅井長政ら敵対する諸大名、比叡山延暦寺や大坂本願寺らの寺社勢力と手を組み信長の妨害に動く。
比叡山延暦寺の天台座主・覚怨は兄・正親町天皇への対抗心と財産を奪った信長への反感から、執拗に信長に敵対した。
元亀2年(1571年)、信長は比叡山の焼き討ちを行い、摂津らは義昭に信長と手を切るように迫ることになる。
なんとか両者を取り持とうとする光秀だったが義昭は説得に耳を貸さず、摂津らによって命を狙われたこともあって、ついに幕府を去り信長の家臣となる。
一方、光秀と袂を分かった義昭は信長包囲網を形成し挙兵するも、頼みの武田信玄が病死したことで包囲網は瓦解。
羽柴秀吉の手によって捕らえられ京を追放される。
義昭の追放により室町幕府は事実上の滅亡を迎え、代わって強大な権力を得た信長は、正親町天皇から切り取りの許可の出た東大寺正倉院の宝物である蘭じゃ待を、歓心を得ようと天皇にも献上するが、これはかえって出過ぎた行為として天皇の懸念を招くこととなる。
また信長も、自らの好意に応じない天皇に不信感を持つようになる。
○最終章(第38回~第44回)
光秀は信長の命令のもと丹波の平定に乗り出すが、一度は助命を確約したはずの三淵への切腹強要や丹波国人への苛烈な仕置、正親町天皇への譲位要求など、次第に信長の姿に不安を覚えるようになる。
そんな中、信長による筒井順慶のひいきに激怒した松永久秀が謀反を決意し、光秀のもとを訪れる。
翻意するよう説得する光秀に、久秀は信長が要求している「平蜘蛛の釜」を託すと伝え、籠城した末に数々の美術品を道連れに自害する。
一方、そんな二人の密談の情報をつかんでいた信長は、平蜘蛛の行方は知らぬと応じた光秀が始めて自分に嘘をついたことを悟る。
久秀の死後、伊呂波太夫から平蜘蛛を受け取った光秀は、これが信長から光秀を離反させるための久秀の罠であったと狂笑する。
光秀は迷った末に信長に平蜘蛛の釜を差し出し、釜を持つにふさわしい天下人になる覚悟が必要と諌言するが、信長は平蜘蛛を資産価値のあるものとしてしか見ようとせず、今井宗久に平蜘蛛を売ることすら口にし光秀を失望させる。
光秀と同様、信長との同盟関係にある徳川家康、柴田勝家や佐久間信盛らをはじめとする織田家臣団、そして正室・帰蝶すらも、暴走する信長に不信感を抱いていた。
正親町天皇も大納言・三条西実澄を通じて光秀と密会し、覇権を握り政権の頂点を目指す男たちを桂男の伝説に見立て「月に登ろうとする」信長を見届けるよう伝える。
その後、光秀は月にまで届く大木を切り倒そうとする悪夢をみるようになる。
武田氏滅亡の後の家康饗応の席で、饗応役の光秀と家康の親しさに不快を覚えた信長に激し打擲された光秀は、思わず大木を切り倒さんとするように構えてしまう。
その後、信長は家康を威圧するために光秀を打ったと釈明し、今までにすれ違いがあったにしても光秀のことを他の誰よりも近しい者と思い、この先も長く共にいることを望んでおり、戦を終わらせ茶でも飲んで暮らそうと語りかける。
しかし信長の考える「戦を終わらせる手段」とは、京から追放され毛利家が治める備後鞆の浦に逃れてもなお、諸国の大名に信長討伐の檄文を贈り続ける足利義昭の抹殺であった。
光秀は中国遠征に参加した上での義昭討伐を命じられるが、これは光秀にとっては到底受け入れることのできない命令であり、もはや信長を討つしかないと決断することになる。
天正10年(1582年)6月2日早朝、光秀は腹心の明智左馬助、藤田伝五、斎籐利三とともに大軍を率い、信長の滞在する本能寺を急襲する。
謀反の首謀者が光秀であることを知った信長は、どこか嬉しそうに笑い泣きしながら「是非もなし」と呟く。
信長はわずかな手勢とともに孤軍奮闘するが、遂に敗れて負傷し、近習たちに遺体を焼くよう命じて自刃。
光秀は涙を浮かべ、炎上する本能寺を見守る。
光秀は天下獲りができる状況になるが、調停はおろか盟友であったはずの藤孝や順慶さえも光秀には与せず、誰も明智軍の味方にならない状況の中で孤立。
やがて、いち早く光秀の謀反の可能性を掴んで中国遠征から取って返した羽柴秀吉に敗れ去ることになる。
本能寺の変から3年後。天下は関白・秀吉のものとなっていたが、京では「丹波の山奥で明智光秀が生きている」という噂がまことしやかに囁かれる。
備後の義昭を訪ねた駒は、市で光秀に背格好の似た侍を見つけ、後を追うも見失ってしまう。
その後、侍が馬を走らせる後ろ姿で物語は幕を閉じる。