
「商品説明」等々、長文で大変申し訳ございませんが、取引トラブルを避ける為、ご面倒かとは思いますが、最後までお読みください。
(当方では「画像修正」等々は一切していませんので ご安心のうえご確認ください。)
[取消・キャンセル]はお受け出来ません。慎重にお考えの上で責任あるご入札を 宜しくお願い致します。
●(所有者変更申請書・届け出先住所等々の「必要書類」をお付けしますので ご安心ください。簡単に所有者変更届ができます。)(尚 刀剣類ですので未成年の方のご入札はご遠慮ねがいます。)
★★★ 刀剣類に不慣れな方や初めて刀剣を所持する方は落札後に申し出をいただければ 分かり易く説明してある「日本刀鑑賞の手引」と「刀剣の取り扱い方・手入れと保存法」のコピーを
お付けしますので ご遠慮なくメール等々でご連絡願います。 ★★★
取扱い商品の都合上 鑑定書(認定書・極め書き)の無い物ついての「商品説明」等々は あくまでも当方の「主観」で説明していますので「参考説明」程度にお考えください。
また「時代物」ですので 当然の事として「使用感・経念感」はあります。
そういった事や「経年・使用」の時代経過の状態を気になさる方 また「神経質」な方は ご入札を控えて頂いたほうが 宜しいかと存じますので入札をご遠慮 お願いします。
(説明解釈等々の過ち 記述の誤り等々はご容赦願います。尚「解釈の過ち・記述の誤り」等々があった際には「画像」での確認の方を優先してお考え下さい。)
この度の刀「関善定兼吉家武蔵守吉門」には「日本美術刀剣保存協会」発行の「特別保存刀剣鑑定証」が付いています。当方が確認済みで「正真保証」です。
日本美術刀剣保存協会の「特別保存刀剣鑑定書」付・白鞘入り・刀袋付・金着せ一重ハバキ(桜花梅花文毛彫)付
サイズ約(cm) 刀身全長 92 刃長 71・3(2尺3寸5分3厘) 反り 1・5(5分) 元幅 3・17 元重ね 0・73 物打ち幅 2・23 重ね 0・54 刀身重量 747g (家庭料理用秤にて計測)
(慎重に測っていますが あくまでも参考寸法とお考え下さい)
この度の刀「関善定兼吉家武蔵守吉門」は寛文12年に「切れ味・出来栄え」の良さ故に「義公・水戸光圀」に抱えられて水戸城下台町に居住し、
延宝4年頃に「坂東太郎幕正入道卜傳」と改めて活躍した人気刀工です。
「刀剣位列」では高位の「上作」で「山田浅右衛門」選出の「刀剣業物・位列」でも「良業物」に選出されていて「出来栄え保存状態」共に誠によく「最上々」の現状の
「優刀」で「刀剣研究」や「鑑賞刀」としては 最適です。
「最上々」の「研磨済み」で「地鉄・刃紋」がハッキリと見てとれ、江戸前期寛文頃(約365年前)の時代物としては「地刃健全」といえる「傑作」です。
刃長が「71・3cm(2尺3寸5分3厘)」と定寸で、反り「1・5cm(5分)」と頃合いで「元幅」若干広く「重ね」も若干厚く「鎬筋」高めで
「先」が若干狭まった「中切先」詰まる「寛文大杯」で「身巾・重ね」があり「シッカリ」とした力強いの「刀姿」も見事です。
刀身の「重量」が747gあり手持ちに「重量感」を感ずる程の「健体」さを保ち「焼刃」も充分あり「刀身幅・刃幅・重ね」も「時代物」としては研ぎ減りなく
「洗練」された見事な「刀姿」で「出来栄え保存状態」共に「最上々」の現状で「傑作」の優刀です。
「刃紋」は「中直刃」で小沸勝ちでしっとりとした感じで「斑」の無い明るく冴えた「刃縁」に「鼠足」入り「鍛肌」に微細に絡みほつれが働き「玄人好み」の誠に見事な「刃縁」の出来栄えです。
「切先」の「帽子」も直ぐで入り、先が丸く微細に掃き掛け返り、見事な出来栄えの「帽子」です。出来栄え保存状態共に「最上々」の現状で「傑作」の優刀です。
「地鉄」の「平地」は「小板目・杢交じり」で「地景」が若干現れ誠に美しい鍛え肌が見てとれ誠に明るく冴え詰んだ「精良」な地鉄で「最上々」です。
「鎬地」は板目流れて柾肌が誠に「精良」に詰み表れた鍛え強固な見事な地鉄で最上々です。
「中茎」は掟通りの「栗尻」で銘振りは自信に満ちて鏨がはしり「関善定兼吉家武蔵守吉門」と力強く打ち切られていて「中茎味」も最上々です。
江戸前期寛文頃(約365年前)の時代物としては誠に健全で最上々の状態で「地・刃」の出来栄えも「傑作」といえる「優刀」で「刀剣研究」や「鑑賞刀」としては 最適です。
登録証の内容
登録記号番号 茨城県 第31027号
種別 刀 長さ 71・3cm 反り 1・5cm 目釘穴 1個
銘文 (表)関善定兼吉家武蔵守吉門
昭和48年5月14日 交付 茨城県教育委員会
「関善定兼吉家武蔵守吉門」は本国濃州関で善定派の「兼門」の一族で始めは本作のように「武蔵守吉門」と銘を切った。のちに兄の「越前守吉門」と
江戸に出て共に「水戸徳川家」に抱えられ、その後で、本来「外科医」で慰みに鍛刀の業を学び極め「義公・水戸光圀」に「侍医」兼「御咄衆」と仕え抱えられ水戸にて「鍛刀」もする
「名工」の「大村加卜」の門人となり、延宝4年頃に「義公・水戸光圀」より「坂東太郎幕正入道」の号を賜わり「卜傳」と改銘し「坂東太郎幕正入道卜傳」と切銘した。
水戸城下台町に居住し、鍛刀し、貞享5年に没するまで「義公(水戸光圀)」お抱え刀工として活躍した。
本作の様な「武蔵守吉門」銘の作は「中直刃」の「刃紋仕立」と共に非常に少なく貴重で「出来栄え保存状態共」に「最上々」の状態です。
「刀工大鑑・日本刀工辞典・刀剣月刊誌」の「関善定兼吉家武蔵守吉門」記載の参考コピーをお付けします。)
江戸前期寛文頃(約365年前)の刀ですので、当然の事として「使用感・経年感()」はありますが、当方見る限り問題になる傷み(刃切れ)は一切無く
時代物としては「刀身幅・刃幅・重ね」も充分あり研ぎ減りなく、出来栄え保存状態共に「最上々」の状態ですが時代を経た物である事をご理解のうえ応札願います。
(詳細は画像にて ご確認しご納得のうえ応札のご判断お願い致 します。)
★落札者は、購入後20日以内に、銃砲刀剣類所持等取締法にもとづき都道府県の教育委員会に所有者変更の届出が必要です。必ず所有者変更届を行って下さい。
※所有者変更の申請書をお付けしますので簡単に所有者変更届ができます。
(所有者変更届書や教育委員会住所など手続きに必要なものは刀剣と一緒に送付いたしますのでご安心ください)
「入札及び落札」後の「キャンセル・返品」は基本的にお受け出来ません。画像を多数入れてありますので よく確認のうえ 疑問点は質問して責任を持って応札をお願い致します。
発送は ゆうパック140サイズ 着払い(元払い)にて発送致します。 宜しくお願いします 。
詳しくは「画像・商品説明」等々をよく確認のうえ 以上の「記載内容・画像」をご納得いただき お取引していただける方のご入札お待ちしております。
(2026年 1月 21日 17時 29分 追加)
刀 関善定兼吉家武蔵守吉門.特別保存刀剣付「水戸光圀」お抱え刀工「地刃健全」体配の名刀也.傑作.江戸.鍔.刀.拵.品位高く.この度の刀「関善定兼吉家武蔵守吉門」は寛文12年に「切れ味・出来栄え」の良さ故に「義公・水戸光圀」に抱えられて水戸城下台町に居住し、
延宝4年頃に「坂東太郎幕正入道卜傳」と改めて活躍した人気刀工です。
「刀剣位列」では高位の「上作」で「山田浅右衛門」選出の「刀剣業物・位列」でも「良業物」に選出されていて「出来栄え保存状態」共に誠によく「最上々」の現状の
「優刀」で「刀剣研究」や「鑑賞刀」としては 最適です。
「最上々」の「研磨済み」で「地鉄・刃紋」がハッキリと見てとれ、江戸前期寛文頃(約365年前)の時代物としては「地刃健全」といえる「傑作」です。
刃長が「71・3cm(2尺3寸5分3厘)」と定寸で、反り「1・5cm(5分)」と頃合いで「元幅」若干広く「重ね」も若干厚く「鎬筋」高めで
「先」が若干狭まった「中切先」詰まる「寛文大杯」で「身巾・重ね」があり「シッカリ」とした力強いの「刀姿」も見事です。
刀身の「重量」が747gあり手持ちに「重量感」を感ずる程の「健体」さを保ち「焼刃」も充分あり「刀身幅・刃幅・重ね」も「時代物」としては研ぎ減りなく
「洗練」された見事な「刀姿」で「出来栄え保存状態」共に「最上々」の現状で「傑作」の優刀です。
「刃紋」は「中直刃」で小沸勝ちでしっとりとした感じで「斑」の無い明るく冴えた「刃縁」に「鼠足」入り「鍛肌」に微細に絡みほつれが働き「玄人好み」の誠に見事な「刃縁」の出来栄えです。
「切先」の「帽子」も直ぐで入り、先が丸く微細に掃き掛け返り、見事な出来栄えの「帽子」です。出来栄え保存状態共に「最上々」の現状で「傑作」の優刀です。
「地鉄」の「平地」は「小板目・杢交じり」で「地景」が若干現れ誠に美しい鍛え肌が見てとれ誠に明るく冴え詰んだ「精良」な地鉄で「最上々」です。
「鎬地」は板目流れて柾肌が誠に「精良」に詰み表れた鍛え強固な見事な地鉄で最上々です。
「中茎」は掟通りの「栗尻」で銘振りは自信に満ちて鏨がはしり「関善定兼吉家武蔵守吉門」と力強く打ち切られていて「中茎味」も最上々です。
江戸前期寛文頃(約365年前)の時代物としては誠に健全で最上々の状態で「地・刃」の出来栄えも「傑作」といえる「優刀」で「刀剣研究」や「鑑賞刀」としては 最適です。
「関善定兼吉家武蔵守吉門」は本国濃州関で善定派の「兼門」の一族で始めは本作のように「武蔵守吉門」と銘を切った。のちに兄の「越前守吉門」と
江戸に出て共に「水戸徳川家」に抱えられ、その後で、本来「外科医」で慰みに鍛刀の業を学び極め「義公・水戸光圀」に「侍医」兼「御咄衆」と仕え抱えられ水戸にて「鍛刀」もする
「名工」の「大村加卜」の門人となり、延宝4年頃に「義公・水戸光圀」より「坂東太郎幕正入道」の号を賜わり「卜傳」と改銘し「坂東太郎幕正入道卜傳」と切銘した。
水戸城下台町に居住し、鍛刀し、貞享5年に没するまで「義公(水戸光圀)」お抱え刀工として活躍した。
本作の様な「武蔵守吉門」銘の作は「中直刃」の「刃紋仕立」と共に非常に少なく貴重で「出来栄え保存状態共」に「最上々」の状態です。